ホーチミンの夜景

ベトナム最大の商業都市。夜のホーチミン市は魅力的。

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フエの王宮

北京の紫禁城をモデルに造られた。フエの王宮。

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カオダイ教

カオダイ教はごちゃ混ぜ教
キリスト教やユダヤ教など排他的な宗教まで取り込んだ成り立ちは東洋思想を感じる。

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クチトンネル

アメリカ軍を苦しめたゲリラ作戦の拠点であったクチトンネル。
ベトナム戦争時代のクチトンネルは、小柄なベトナム人には通れるが、大柄なアメリカ人には通れないサイズだった。
今では誰でも通れるように、通路は大きく広げられている。ゲリラ戦に使われたブービートラップや銃なども展示してある。

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ホイアンの日本橋

来遠橋とも呼ばれる。木造屋根がかかった石橋。朱印船貿易時代、ホイアンに住んでいた日本人が架けた橋。

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ホイアンの船

水の都ホイアン。川に囲まれたホイアンの街では船が重要な移動手段。美しい船上にノンラーをかぶった細長い姿はベトナムの原風景だ。

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ホイアンの街

水の都ホイアン。最近ではランタンの街ホイアンとして、ベトナムの中でもっとも美しい古都。

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ケサン基地

テト攻勢から多くの戦死者を出したケサンの戦いの舞台。
アメリカは、ベトナム軍から基地を守りぬくも、ケサン基地を維持するコストが高くつくことや、塹壕に対する航空爆撃の威力が比較的低いことなどから、結局ケサン基地を破壊して撤収することとなった。
戦術的には勝利しながらも最前線のケサン基地を放棄するという決定はテト攻勢とともにアメリカ国民に大きなダメージを与え、これを境にアメリカ国民の中にベトナム撤退支持層が増えることにつながった。

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ミーソン聖域

今のベトナム中部から南側は、かつてはチャンパ王国が支配していた。

ミーソン聖域はチャンパ王国が残した遺跡だ。
ミーソン遺跡とも呼ばれるが、ミーソン聖域と呼んだ方が、神秘性を感じるこの場所にマッチしている。

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カイディン帝廟

カイディン帝廟は、フランス植民地時代の1920年から11年の歳月をかけて建設された東洋と西洋の折衷様式の廟である。約6年かけて建築したこの墓所はヨーロッパ風の高い塔が建っている。カイディン王朝はフランスの影響を受けていたことで知られているが中国の影響も残っており帝廟の前には役人、象や馬の像が立つ。帝廟内部は写真や遺品、カイディン帝の像などが展示されている。

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ハノイオペラハウス

オペラハウスは1901年着工、10年の歳月を経て1911年に完成します。設計者は、公共建築監査官アルレイ。
ここは、革命時の蜂起の場として革命史跡でもあり、ベトナム現代史の上でも重要なランドマークです。

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ハノイ西湖とミランホーム

ハノイにある西湖を見渡せるアットホームなゲストハウス

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タンロン遺跡

タンロン皇城の中心区域は2003年に発掘された遺跡で、昔から~1010年頃から~1814年まで一貫してこのハノイの地に都を築いてきたと言う事もあり、各年代の都の遺跡が何層にも重なっている遺跡。

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ハノイ給水塔

旧市街北部に建つ、開港期の歴史を伝えるモニュメント

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ハノイ北門教会

1931年に建てられた黄色いコロニアル様式の教会

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ホーチミン邸

かつてホーチミンが過ごした木造住宅とコロニアル様式の旧官邸

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ハノイ大聖堂

ゴシックの双塔と中心の飾り窓、そして聖堂内の荘厳とした美しさが魅力の大聖堂

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ロンビエン橋

ベトナム・ハノイ市内のベトナム北部を流れる紅河にかかる鉄橋。全長は1700m。

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